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準結晶 ── 並進を捨てると、5回が戻る

2026.06.15

この章はずっと、たった一つの約束『並進でくり返す』を足場に歩いてきた。最後に、その約束をわざと手放す。周期がないのに秩序はある ── そんな並びを許すと、禁制だったはずの5回対称が堂々と戻ってくる。ペンローズ・タイリングと準結晶、そして『結晶』の定義が広がった話。連載の、最後の一歩。

▶ ペンローズ・タイリング ── 5回対称が戻るのを全画面で

長い道のりだった。第1回 からずっと、この章はたった一つの約束を足場にしてきた。

同じ模様が、並進でくり返す。

許される回転が 1・2・3・4・6 回に限られたのも(第2回)、らせんや映進が生まれたのも、心で点が倍々に増えたのも、ぜんぶ「それ、並進と握手できる?」という一つの問いから出てきた。並進こそ、この章の背骨だった。

最後に、その背骨を、わざと抜いてみる。── 「並進でくり返す」をやめたら、何が起きるんだろう?

五角形は、すき間を作る

思い出してほしい。第2回 で、正五角形は床をすき間なく敷きつめられない、と見た。72° の角がうまく噛み合わなくて、必ずどこかに穴が空く。だから5回対称の 周期 結晶は無い ── これが結晶学的制限だった。

ここで効いていたのは「周期的にくり返す」という条件だ。ひとつのタイルを、同じ向き・同じ間隔でずらしてコピーする ── その縛りの中では、5回対称は居場所がない。

でも、その縛りを外したら? ひとつのタイルを律儀にくり返すのではなく、何種類かのタイルを、周期にこだわらず敷きつめてよい ことにしたら?

ペンローズ・タイリング ── 2種類のひし形で

答えは、鮮やかだ。1974年、ロジャー・ペンローズが示した。太いひし形と細いひし形、たった2種類。これに「辺の合わせ方のルール」をつけると、平面をすき間なく ── しかも 絶対に周期的にならない形で ── どこまでも敷きつめられる。

下のラボで、その敷きつめを見て。「細かさ」を上げると、模様がどんどん育っていく(ひとつのタイルを、決まった規則で小さなタイルに割っていく=デフレーションという作り方だ)。

よく見ると、二つのことが同時に起きている。

これが、この章でずっと「両立しない」と言ってきた二つ ── 5回対称と、敷きつめ ── が、周期を捨てることでだけ 握手した姿だ。周期という縛りが消えたぶん、5回対称が戻ってきた。

黄金比 φ ── 周期がないことの、指紋

「周期的にくり返さない」を、もう少し確かなものにしておきたい。ただ「見た感じくり返してなさそう」では、心もとないよね。

ここで顔を出すのが 黄金比 だ。記号で φ\varphi(ファイ)と書く。値は

φ=1+521.618\varphi = \frac{1+\sqrt{5}}{2} \approx 1.618

── 「115\sqrt5 を足して 22 で割った数」、それだけのものだ。ラボで細かさを上げていくと、太いひし形の枚数 ÷ 細いひし形の枚数 が、この φ\varphi にどんどん近づいていく。

ここが効きどころ。φ\varphi無理数 ── どんな分数(整数 ÷ 整数)でも書けない数だ。もしこの敷きつめが周期的なら、ひとつの周期の箱の中で太いタイルと細いタイルは整数個ずつ並ぶから、その比は必ず分数になる。でも実際の比は、分数では書けない φ\varphi。だから ── この敷きつめは、原理的に周期的ではありえない。「周期がないのに秩序がある」の正体は、この一個の無理数に、ちゃんと刻まれているんだ。きれいだと思う。比ひとつで、周期の不在が証明できてしまう。

準結晶 ── 物質が、それをやった

ここまでは紙の上のタイルの話。でも、自然はこれを 本物の物質 でやってのけた。

1982年、ダニエル・シェヒトマンが、急冷した アルミニウム-マンガン合金 の電子線回折を撮って、目を疑った。そこには、鋭く尖った回折のスポットが、10回対称に並んでいた

この「鋭いスポット」が、どれだけ衝撃だったか ── 第4.5回 を思い出してほしい。回折のスポットが鋭く尖るのは、原子が 長距離にわたってきちんと秩序立って 並んでいる証拠だった(バラバラなら、スポットはぼやける)。つまりこの物質は、結晶のように秩序がある。なのに、その対称は 10回 ── 周期結晶では禁制の対称だ。秩序があるのに、周期結晶ではありえない。これが 準結晶(quasicrystal)だ。

発表は1984年。当初、これは激しく否定された。あのライナス・ポーリングが「準結晶などというものは無い、いるのは“準科学者”だ」と言い放ったほどに。けれど観測は本物で、追試が重なり、定義のほうが折れた。シェヒトマンは2011年、ノーベル化学賞を受けた。

「結晶」の定義が、広がった

準結晶がつきつけたのは、「そもそも結晶とは何か」という問いだった。

この章のはじめ、私たちは結晶を「並進でくり返すもの」と定義した(断りを入れて「周期結晶」と呼んだのは、このためだ)。でも準結晶は、くり返さないのに、結晶と同じ鋭い回折を見せる。だから1992年、国際結晶学連合は、結晶の定義を 「周期的な並び」から「本質的に鋭い回折を与える固体」へ と広げた。周期性は、結晶であるための必須条件から外れたんだ。

並進周期性をもつ普通の結晶は、その広い定義の中の「いちばん素直な場合」になった。準結晶は、その外側 ── 周期はないが、秩序はある ── に住んでいる。

ひとつだけ、遠くの灯台を指しておく。「周期がないのに、どうしてそんなにきちんと秩序立てるのか」。ひとつの見方はこうだ ── 準結晶は、私たちの3次元より 高い次元にある周期的な格子の“影”(断面) だと思える。高次元では律儀にくり返している格子を、斜めに切って3次元に落とすと、周期は崩れるのに秩序は残る。その話は、この道のもっと先にある。今日は、扉の在りかだけ。

並進を、手放して

ここで、長い章を畳もう。

私たちは、並進という一本の約束から出発した。格子を敷き、許される回転を数え(5や7以上が弾かれ、1・2・3・4・6 だけが残った)、らせんと映進で並進を混ぜ、心で並進を増やし、岩塩でそれを実物に組み、空間群でその効能(圧縮・回折・物性の制約)を読んだ。ずっと、並進が背骨だった。

そして最後に、その背骨を抜いた。── すると秩序は崩れず、禁制だった5回対称を連れて、戻ってきた

結晶学的制限は、越えられない壁じゃなかった。「周期は、ここまで」と書かれた標識だったんだ。その標識のすぐ向こうに、周期を持たないのに秩序立った、広い国が広がっていた。並進という約束は、結晶の世界を作ると同時に、その縁まで連れていって、最後にそっと「この先もあるよ」と教えてくれた。

── ここまで歩いてくれて、ありがとう。並進という一つの約束が、こんなに遠くまで連れてきてくれた。おつかれさま。