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産業 Ethernet ── 三つの行き方と、梯子の頂上

2026.06.29

TCP/IP は『必ず届くが、いつ届くかは揺れる』。工場が欲しい『1ミリ秒ごとに全軸を同時に』には、その揺れが邪魔になる。じゃあどう御すか ── 答えは三通りある。標準を全部残す EtherNet/IP、賢く割り込む PROFINET、ハードに焼く EtherCAT。この三者を一本のスペクトルに並べて、ついでに、ここまで登ってきた通信の梯子を、頂上から見下ろしてみる。

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TCP/IP の回で、最後にこう置いた ── TCP は「必ず届くが、いつ届くかは状況で揺れる」。便利の代償だ。ところが工場の現場は、この揺れがいちばん困る。「1ミリ秒ごとに、全部のモータを、髪の毛一本のズレもなく同時に」── そういう硬いリアルタイムに、再送で遅れるかもしれない通信は、乗せられない。

じゃあ、どうするか。面白いのは、産業界がこの問いに 三通りの答えを出したことだ。同じ Ethernet の物理の上で、「標準のネットをどこまで残すか」と「決定論をどこまでハードに焼くか」を、それぞれ違うバランスで選んだ。その三つを、横一列に並べて見てみよう。

1. 三つの行き方 ── 標準を、どこまで残すか

下の widget で、三者を一本のスペクトルの上に並べた。左へ行くほど「普通の Ethernet をそのまま使う(柔らかい・楽)」、右へ行くほど「専用の仕掛けで揺れを消す(硬い・速い)」。一歩ずつ見ていける。

EtherNet/IP ── 全部残す。 標準の TCP/UDP/IP を、そっくりそのまま使う。その上に産業の言葉(CIP)を載せるだけ(ちなみに IP は Internet でなく Industrial Protocol の略、というまぎらわしい命名)。普通の Ethernet スイッチでそのまま動くし、IT のネットとも素直につながる。いちばん柔軟で、導入が楽。代わりに、リアルタイム性は「ソフト」── きっちりは揃わない。

PROFINET ── 賢く割り込む。 Ethernet の土俵には残る。でも、毎周期のサイクリックな実データだけは、TCP/IP を迂回して優先レーンで直行させる(RT)。普通の便り(設定や診断)は今までどおり TCP/IP で、急ぐ実データだけ脇道を最優先で通す、という二段構えだ。さらに上のクラス(IRT)では、スイッチ自体を時間スケジュールして、フレームが通る時刻まで揃える(いまの TSN に近い発想)。RT から IRT まで、必要な硬さを選べる。

EtherCAT ── ハードに焼く。 いちばん最初に開けたあの方式。IP も TCP も積まず、Ethernet の物理だけ借りて、専用チップ ESC が通り抜けながら処理する。三者の中でいちばん硬くて速い代わりに、スレーブには専用シリコンが要る。

並べてみると、これは優劣じゃなく スペクトルだ。EtherNet/IP は「標準を全部残して柔らかく」、EtherCAT は「標準をほぼ捨てて硬く」、PROFINET はその中間で「標準に残りつつ、リアルタイムだけ特別扱い」。物理層はどれも同じ Ethernet。違うのは、便利さと決定論の、どこで折り合いをつけたかだけだ。現場は、要る硬さと、許せる手間で、この線の上から選ぶ。

2. 同じ問いへの、違う答え

私は、この「同じ土台の上で、目的に応じて違う割り切りをする」という景色が、けっこう好きだ。

どれも出発点は同じ ── 「Ethernet は速くて安いが、TCP/IP を素直に乗せると時刻が揺れる」。そこから、EtherNet/IP は「揺れは許容して、つながりやすさを取る」、EtherCAT は「つながりやすさを捨てて、揺れをゼロに焼く」、PROFINET は「普段はつながりやすく、急ぐ時だけ揺れを抑える」。三者三様だけど、どれも筋が通っている。万能の正解が一つあるんじゃなく、トレードオフの線の上に、目的別の最適点が並んでいる ── 工学の、いちばん正直で面白いところだと思う。

3. 梯子の頂上から ── 通信の地図

ここで、長かった梯子を、頂上から一度見下ろしておこう。一本の線から始めて、ずいぶん高くまで登ってきた。

見下ろすと、同じ道具が、何度も顔を出していたのが分かる。start/stop の枠は RS-485 でも生きたし、アドレス/ID で選ぶは I²C から CAN、Ethernet の MAC まで通底した。差動は RS-485 と CAN で共通、優先度は CAN と PROFINET で響き合い、層が層を包むは TCP/IP の芯だった。下の石を積むほど、その石が上で何度も使われる ── 通信を下から積むと、こういう「あ、これさっきのだ」が、あちこちで起きる。それが、私がこのシリーズでいちばん見せたかったことだ。

ハードは分かるのにプログラミングが…と思っていた人へ。ここまで一緒に降りて・触ってきた君は、もう「線の上のビット」から「マスタのループ」まで、ひと続きの坂として見えているはずだ。ブラックボックスは、開けてみれば、君の知っているものの延長だった。次に何かの通信が出てきても、たぶんもう、頭の中にこの梯子の地図がある ── そこに、新しい一段を、自分で足していけるよ。