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スイッチしかないのに、正弦波 ── コレクタ共振回路の物理

2026.07.22

ジャンクの液晶モニタから出てくる細長い基板、CCFLインバータ。クロックも制御ICもないのに、電源を繋ぐだけで数十kHzのきれいな正弦波を作る。オン・オフの2値でしか動けないスイッチの、どこから滑らかさが出てくるのか。答えは主役の取り違えにある ── 波形を描いているのはスイッチじゃない。LとCだ。自由振動・ボルト秒平衡・πVin・ZVSまで、一本の話として辿る。

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ジャンクの液晶モニタを開けると、細長い基板が出てくることがある。CCFLインバータ ── バックライトの冷陰極管を光らせるために、12Vから千ボルト級の高周波交流を作る小さな電源だ。

部品を数えると、拍子抜けする。チョークコイルがひとつ、トランスがひとつ、コンデンサ、トランジスタが2個、抵抗が少し。クロックもマイコンも制御ICもない。 なのに電源を繋いだ瞬間から数十kHzで発振して、昇圧して、しかもオシロで覗くとコレクタの波形は……角のない、きれいな半正弦波なんだ。

トランジスタはオンとオフの2値でしか動けない。バチン、バチンと切り替わるだけの部品だ。じゃあ、誰がこの正弦波を描いているんだろう。

主役を取り違えない

この回路(コレクタ共振回路、ロイヤー型とも呼ばれる)を初めて追いかけると、たいてい迷子になる。トランジスタの動きを目で追って、「こいつがどうやって滑らかな波を作るのか」を探してしまうからだ。私も最初はそうだった。

Vin チョーク Lch センタータップ A B Cr Q1 Q2 帰還巻線 R起動 一次巻線(A−CT−B)
コレクタ共振回路の骨格。Vinからチョークを通ってセンタータップへ電流が届き、Q1/Q2が半周期ごとに交代でA側・B側へ流す。Crと一次巻線がLCタンク。帰還巻線がタンクの位相を読んでベースを駆動する(●は巻線の極性。ベース抵抗・二次巻線と負荷は省略)。この図は以降の記事でずっと使うから、A・B・CTの3つの名前だけ覚えておいてほしい。

でも、主役はそこにいない。

波形の時間発展を決めているのはLC共振タンク。スイッチは、タンクが失ったエネルギーを良い位相で注ぎ足し、電流の通り道を半周期ごとに選び直しているだけ。

レストランで言えば、スイッチは料理人ではなく給仕だ。料理(波形)を作っているのはLとCで、給仕は皿が空きかけたタイミングで次を運んでくる。給仕の歩き方がぎこちなくても(2値でも)、料理の味は変わらない。

この一文を握って読むと、正弦波も、自励発振も、πVinも、ZVSも、全部一本の話になる。順番に開けていこう。

電圧と電流は、瞬間には飛べない

土台は、コンデンサとインダクタの基本式だ。

iC=CdvCdt,vL=LdiLdti_C = C\frac{dv_C}{dt}, \qquad v_L = L\frac{di_L}{dt}

この2本が言っているのは、こういうことだよ。有限の電流では、コンデンサの電圧を一瞬で変えられない。有限の電圧では、インダクタの電流を一瞬で変えられない。 電圧を不連続に飛ばすには無限大の電流が要る。そんなものはどこにもない。

だから、スイッチがどれだけ乱暴にバチバチ切り替わっても、タンクの状態量 ── コンデンサの電圧とインダクタの電流 ── は連続にしか動けない。正弦波の滑らかさは、スイッチの滑らかさから来るんじゃない。エネルギーを蓄える素子の「連続でしか動けない」性質から来る。 最初の謎の半分は、もうこれで解けている。

LとCだけにすると、勝手に揺れる

損失のない並列LCを、外から何も繋がずに放っておく。式は2本。

Cdvdt+iL=0,LdiLdt=vC\frac{dv}{dt} + i_L = 0, \qquad L\frac{di_L}{dt} = v

1本目を時間微分して2本目を代入すると、

d2vdt2+1LCv=0\frac{d^2v}{dt^2} + \frac{1}{LC}\,v = 0

── 見覚えのある形だ。バネにつないだおもりと同じ、単振動の方程式。解は

v(t)=Vmcos(ω0t+ϕ),ω0=1LCv(t) = V_m\cos(\omega_0 t + \phi), \qquad \omega_0 = \frac{1}{\sqrt{LC}}

になる。物理としては、コンデンサの電界エネルギー 12Cv2\tfrac12 Cv^2 とインダクタの磁界エネルギー 12LiL2\tfrac12 L i_L^2 が、そっくり往復している。ブランコの位置エネルギーと運動エネルギーの交換と同じで、合計は一定のまま、形だけが入れ替わり続ける。

正弦波は、誰かが描くものじゃなかった。LとCを繋ぐと、正弦波は勝手に出てくる。 スイッチの仕事は、これを邪魔しないことだ。

これは机の上で再現できる実験でもある。コンデンサに電池で電荷を溜めておいて、スイッチを電池側からコイル側へ倒す。その瞬間から、誰も何も操作していないのに、電圧は勝手に正弦波を描き始める。

電池 a(充電) b(発振) C L スイッチをbへ倒す v = 一定(充電済み) あとは勝手に正弦波(減衰は省略)
いちばん小さな「スイッチを押すと正弦波が出てくる」実験。スイッチがしたのは接続の切り替え1回だけで、波形の各点はぜんぶLCが描いている。下の遊び場の「起動」ボタンは、この実験の実機版だ。

半周期のあいだ電流を注いでも、正弦のまま

でも実機のスイッチは、ただ見ているわけじゃない。入力チョークからやってくるほぼ一定の電流を、半周期ごとに右の巻線・左の巻線へ振り分けて、タンクに注ぎ込んでいる。電流を注いだら、せっかくの正弦波が歪むんじゃないか?

ここが、この回路のいちばん美しいところだと思う。ある半周期の間、注入電流 II は一定だとする。式はこうなる。

Cdvdt+iL=I,LdiLdt=vC\frac{dv}{dt} + i_L = I, \qquad L\frac{di_L}{dt} = v

さっきと同じように1本目を時間微分すると ── 右辺の II は定数だから、消える。

d2vdt2+1LCv=0\frac{d^2v}{dt^2} + \frac{1}{LC}\,v = 0

まったく同じ単振動の方程式に戻ってしまった。つまり、一定の電流を注いでいる間も、タンク電圧はやっぱり正弦波の一区間をなぞる。スイッチが波形の各点を作っているのではなくて、スイッチは「一定電流の符号」を半周期ごとに選んでいるだけで、曲線そのものはずっとLCが描いている。

+I を注入 −I を注入 注入電流(矩形波) 電圧はどの区間でも d²v/dt²+v/LC=0 の解
上:タンク電圧。下:スイッチが振り分ける注入電流。注入は角ばった矩形波なのに、電圧の曲線には継ぎ目がない——定数Iは微分で消えるから、各半周期の中で電圧は正弦波の一区間そのものになる。

別の顔からも見ておこう。半周期ごとに反転する注入電流は矩形波だから、フーリエで開けば基本波と3次・5次・…の足し合わせだ(足し合わせの話の出番だね)。タンクの並列インピーダンスは共振周波数でだけ高く、3次や5次に対しては低い。だから矩形波を突っ込んでも、電圧になれるのはほぼ基本波だけ。 タンクのQが5もあれば、3次成分の電圧は基本波の2.5%程度まで沈む。時間領域で見ても周波数領域で見ても、答えは同じところに落ちる ── 正弦波を選んでいるのはタンクだ。

誰も合図していないのに、動き出す

この回路にはクロックがない。じゃあ、電源を入れた瞬間、まだ何の振動もないところから、どうやって始まるんだろう。

答えは少し意地悪で、「完全に対称なら、始まらない」。2つのトランジスタが完璧に同一で、巻線も配線も完璧に対称なら、左右は釣り合ったまま動かない。でも現実の部品はそうじゃない。VBEV_{BE} の差、増幅率の差、巻線抵抗の差、コアの残留磁束、熱雑音 ── どこかに必ず微小な非対称がある。

仮に左の石の電流がほんのわずか大きくなったとする。一次巻線の磁束が変化し、それが帰還巻線に電圧を誘起する。その極性が「左をさらにオン、右をさらにオフ」の向きになるように帰還巻線を繋いであるから、微小な差は正帰還でどんどん育つ。振幅が小さいうちは注ぎ足しが損失に勝って成長し、大きくなるとスイッチの飽和や負荷が効いてきて、やがて一定振幅の周期軌道 ── リミットサイクルに落ち着く。

Q1 わずかに勝つ Q2 押し下げ 磁束の変化 dΦ/dt 帰還巻線が読んで、勝者をさらに押す ① Q1の電流がほんの少し大きい → ② 磁束が動く → ③ 帰還巻線に電圧 → ④ Q1をさらにオン・Q2をさらにオフ → ①へ
正帰還の一周。左右のどちらかがわずかに勝てば、その差が磁束→帰還巻線→ベースと一周して、勝ちがさらに大きくなる向きに帰ってくる。完全に対称ならこのループに入力がなく、静止したままだ。

ここでも主役の取り違えに気をつけたい。左右の交代は、トランジスタが時間を数えて決めているんじゃない。タンクが半周期の運動を終えて電圧の符号が返るのを、帰還巻線が読んで、導通する側を入れ替えている。 指揮者はタンクで、スイッチは楽譜(タンクの位相)を見て動く演奏者だ。だから発振周波数も、おおよそ

f012πLdCrf_0 \simeq \frac{1}{2\pi\sqrt{L_d C_r}}

とタンク側の量で決まる(LdL_d は一次巻線をA-B間から見た実効インダクタンス)。

このおかげで、転流は自然と「オフ側のコレクタ電圧が共振でゼロ付近まで戻ってきた瞬間」に起きる。電圧がほぼゼロの端子にスイッチが入るなら、切り替えの瞬間に捨てるエネルギーが小さい ── いわゆる**ZVS(ゼロ電圧スイッチング)**だ。狙って作り込んだのではなく、タンクの位相に従って動くという構造そのものが、良いタイミングを連れてくる。ただし「構造上、必ず完全なZVSになる」とまでは言えない。ベース蓄積の遅延や寄生容量があれば残留電圧は生じるから、そこは実機で波形を見て確かめる領分だよ。

πが顔を出す ── ピーク電圧はなぜ πVin

この回路には有名な関係式がある。オフ側コレクタ電圧のピークが、入力電圧のおよそπ倍になる、というものだ。3.14倍。どうして円周率がこんなところに出てくるんだろう。

導出は、拍子抜けするほど短い。定常状態では、入力チョークにかかる電圧の一周期平均はゼロでなければならない(ゼロでなければ、チョーク電流が周期ごとに増え続けるか減り続けるかしてしまって、「定常」に矛盾する)。チョークの片端は入力電圧 VinV_{\mathrm{in}}、もう片端はトランスのセンタータップだから、

vCT=Vin\langle v_{\mathrm{CT}} \rangle = V_{\mathrm{in}}

── センタータップ電圧の平均は、入力電圧にぴったり等しい。

Vin Lch CT ⟨この電圧⟩=0 が定常の条件 平均がゼロでないと、チョーク電流は 周期ごとに増え続けるか減り続ける 平均 ⟨v_CT⟩ = V_in ピーク V_pk/2 0 v_CT = 全波整流正弦波(平均はピークの 2/π)
左:チョークの両端。定常ではチョークにかかる電圧の一周期平均がゼロ=センタータップ電圧の平均がVinに釘付けになる。右:そのセンタータップ波形。赤い破線(平均)がVinで、山の高さがVpk/2。「平均=ピーク×2/π」を繋ぐだけでπVinが出てくる。

一方で、センタータップの波形は、オフ側コレクタに立つ半正弦波の半分、つまりピーク Vpk/2V_{\mathrm{pk}}/2 の全波整流正弦波になっている。そして全波整流正弦波の平均値は、ピークの 2/π2/\pi 倍。これは正弦波の面積の話で、0πsinθdθ=2\int_0^\pi \sin\theta\, d\theta = 2 を区間幅 π\pi で割ると 2/π2/\pi、というだけのことだ。2つを繋ぐと、

Vin=2πVpk2Vpk=πVinV_{\mathrm{in}} = \frac{2}{\pi}\cdot\frac{V_{\mathrm{pk}}}{2} \quad\Longrightarrow\quad V_{\mathrm{pk}} = \pi V_{\mathrm{in}}

πの正体は、正弦波の「平均」と「ピーク」の比だった。ボルト秒の帳尻(チョークの平均電圧ゼロ)と、正弦波の形。使ったのはこの2つだけで、負荷の重さも部品の値も出てこない。だから理想モデルでは、負荷を変えてもピーク電圧は πVin\pi V_{\mathrm{in}} 付近に留まろうとして、代わりに入力電流のほうが増減する。

ひとつだけ釘を刺しておくと、これは理想定常モデルの結果であって、「耐圧は πVin\pi V_{\mathrm{in}} の何倍を選べ」という暗記則ではないよ。実機では漏れインダクタンスのリンギングが理想ピークに上乗せされるし、負荷外れや故障の過渡はもっと高い。素子の耐圧は倍率の暗記ではなく、理想ピーク+リンギング+故障過渡+余裕、というストレス予算として積むものだ。

遊び場 ── つまみを回して、主役を確かめる

下の遊び場に、この回路の心臓部(電流給電+差動LCタンク+2つのスイッチ)を入れてある。

「スイッチが描いてるんじゃない」という一文は、読むより、つまみを回したほうが早く腑に落ちると思う。

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同じ言葉で読める景色

いったんこの見方 ── 主役はタンク、スイッチは給仕 ── が手に入ると、CCFLインバータだけの話ではなくなる。誘導加熱のワークコイル、ワイヤレス給電の送電コイル、圧電振動子の駆動、LLCコンバータの共振槽。どれも「共振器に、スイッチが位相を合わせてエネルギーを注ぎ足す」という同じ骨格で読み始められる。境界条件(負荷の正体)が違うだけだ。

ジャンク箱の細長い基板は、分解すれば数百円ぶんの部品の集まりだけど、その動作原理は、共振と帰還とエネルギー保存の小さな教科書になっている。次にモニタを分解することがあったら、捨てる前にオシロを当ててみてほしい。角のない波形が、LとCの署名だよ。