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トランスは巻数比の箱じゃない ── 磁束と電界が同居する、ひとつの空間

2026.07.23

V₂/V₁=N₂/N₁。この便利な式を信じている限り、トランスはただの比率変換の箱に見える。でも高圧・高周波・疎結合の世界に入ると、箱の中で三つの物理が同居しているのが見えてくる——両方の巻線を貫く共通磁束、片方にしか鎖交しない漏れ磁束、そして巻線のすき間を埋める電界。漏れも容量も「寄生」ではなく住人だ。結合係数kの正体、開放と短絡で違うインダクタンスが測れる理由、n²反射則が「極限の顔」である話まで。

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トランスの式として最初に習うのは、たぶんこれだと思う。

V2V1=N2N1=n,I2I1=1n\frac{V_2}{V_1} = \frac{N_2}{N_1} = n, \qquad \frac{I_2}{I_1} = \frac{1}{n}

巻数比で電圧が変わり、電流が逆比で変わる。この式は正しいし、便利だ。50Hzの電源トランスを選ぶだけなら、これで一生困らないかもしれない。

でも、この章で扱っているのは高周波で、CCFLインバータの二次側は千ボルト級の高圧で、巻数は多く、結合はしばしば緩い。その世界では、巻数比の式は**「低い周波数で、よく結合したトランスの、端子だけを見たときの要約」**に格下げになる。箱を開けると、中では三つの物理が同居している。

三つの住人

共通磁束 ── コアを回り、両方の巻線を貫く(変圧の担い手) 漏れ磁束 ── 片方にしか鎖交しない 電界 ── ターン間・層間・巻線間・コアとの間に容量を張る
トランスの中の三つの物理。どれも「寄生」ではなく、幾何学から必然的に生じる住人。

一人目、共通磁束。 コアを回って一次と二次の両方に鎖交する磁束。これが変圧作用の担い手で、巻数比の式はこの住人だけを見た近似だ。

二人目、漏れ磁束。 一次の周りには、コアに乗らずに空間へ漏れて、一次にしか鎖交しない磁束が必ずある(二次も同様)。相手に届かない磁束は変圧に参加せず、ただの直列インダクタンスとして端子に現れる。

三人目、電界。 巻線は導体の集まりだから、ターンとターン、層と層、一次と二次、巻線とコアの間、すべてに容量がある。低周波では気配を消しているが、高周波・高圧では堂々と主張し始める(この住人が主役になるのは次回)。

回路図に描く「漏れインダクタンス」や「巻線容量」は、この住人たちを端子から見て要約した姿だ。設計図に描き忘れた寄生ではなく、巻線の幾何学が必然的に生む実在——ここがこの章の教科書のいちばん良い見方だと思う。

行列で書くと、kの正体が見える

二つの巻線の磁束鎖交数は、行列で書ける。

[λ1λ2]=[L1MML2][i1i2]\begin{bmatrix} \lambda_1 \\ \lambda_2 \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} L_1 & M \\ M & L_2 \end{bmatrix} \begin{bmatrix} i_1 \\ i_2 \end{bmatrix}

L1,L2L_1, L_2 が自己インダクタンス、MM が相互インダクタンス——「相手の電流が、こちらにどれだけ磁束を届けるか」だ。

ここで面白いのは、MM が好き勝手な値を取れないこと。磁界のエネルギー Wm=12(L1i12+2Mi1i2+L2i22)W_m = \tfrac12(L_1 i_1^2 + 2Mi_1i_2 + L_2 i_2^2) は、どんな電流の組み合わせでも負になれない(エネルギーを吸い出せる受動部品は存在しない)。この条件から

ML1L2|M| \le \sqrt{L_1 L_2}

が出てくる。相互インダクタンスには、エネルギーの正値性が課す上限があるんだ。そこで上限に対する割合を

k=ML1L2k = \frac{M}{\sqrt{L_1 L_2}}

と書く——これが結合係数の正体だ。k=1k=1 は「漏れゼロ、磁束を完全に共有」という理想の上限で、0に近いほど疎結合。kは部品の性能値というより、巻線同士の幾何学的な近さの成績表ということになるね。

開放で測ると自己、短絡で測ると漏れ

kは直接は測れないけれど、LCRメータ一つで推定できる。ここが実務でいちばん美味しい話だ。

T LCR 開放 読み ≈ L₁ (自己インダクタンス) T LCR 短絡 読み ≈ L₁(1−k²) (漏れが見える)
同じ端子なのに、反対側の状態で読みが変わる。開放なら自己インダクタンス、短絡なら漏れ成分。

二次を開放して一次を測ると、読みはほぼ L1L_1。二次を短絡して測ると、共通磁束は二次の誘導電流に打ち消されて、読みは

Lsc=L1(1k2)L_{\mathrm{sc}} = L_1\left(1 - k^2\right)

まで下がる——残ったのが漏れ成分だ。二つの読みの比から kk が逆算できる。同じ端子に同じメータを当てているのに、反対側の端子の状態で違う住人が見える、というのが物理として綺麗でしょ。

ひとつ但し書き。この「漏れインダクタンス」は、巻線のどこか一箇所に集中している素子ではない。空間に分布した漏れ磁束のエネルギーを、端子から見てひとつの数に縮約したものだ。数としては確かだけど、住所は持っていない。

n²の反射則は、極限の顔

負荷 ZLZ_L を二次に繋いだとき、一次から見えるインピーダンスは、行列から真面目に解くとこうなる。

Zin=R1+jωL1+ω2M2R2+jωL2+ZLZ_{\mathrm{in}} = R_1 + j\omega L_1 + \frac{\omega^2 M^2}{R_2 + j\omega L_2 + Z_L}

教科書でおなじみの「負荷は ZL/n2Z_L/n^2 に見える」という反射則は、この式で密結合(k1k\to1)・磁化インダクタンス十分大の極限を取ったときに現れる特別な顔だ。結合が緩いと漏れが直列に立ちはだかり、周波数によって同じ負荷が抵抗性にも誘導性にも容量性にも見え始める。CCFLトランスのような疎結合・高巻数の世界では、「n²で割る」は出発点の目安であって、答えではない。

容量をひとつにまとめると、位置を失う

三人目の住人・電界の話を少しだけ(本格的には次回)。回路図では巻線容量を「二次端子間に1個のC」と描くことが多い。低周波の共振周波数を見積もるにはそれでいい。でも高圧巻線の内部では、どのターンとどのターンの間に、どれだけの電圧が立つかが絶縁の生死を分ける。容量を1個に潰した瞬間、この位置情報は消える。

だから高圧トランスの解析では、巻線を区間に分けて容量を行列で持つ。同じ端子電圧でも、巻線の置かれた共通モード電位によって内部の電界分布は変わる——「二次端子間の容量いくつ」だけでは、内部で何が起きているか予測できないんだ。

T等価回路の、正しい使い方

誤解しないでほしいのは、おなじみのT等価回路(漏れL—磁化L—漏れL)が間違った道具だという話ではない、ということ。動作周波数が巻線内部の最初の固有モードより十分低いなら、T等価は端子関係を少数の素子に縮約する優秀なモデルだ。

問題は、縮約モデルを巻線内部の物理そのものだと思ってしまうこと。Tに縮約した瞬間、漏れ磁束がどの空間にいるか、どの層間に強い電界が立つか、内部電圧の節と腹がどこか——そういう「住所」の情報はすべて消えている。低周波の回路設計はTで進めて、絶縁・部分放電・高次共振を考えるときは場と区間のモデルに戻る。道具の使い分けの問題だよ。

遊び場 ── kのつまみを回す

下の遊び場に、二巻線トランスの中身を入れてある。

transformer-inside全画面で開く ↗

次回は、いよいよ三人目の住人が主役になる——巻線の中の波。インダクタンスと容量が分布した巻線は、それ自体がひとつの伝送線路で、固有モードを持ち、1/4波長で共振する。「高圧トランスの二次巻線は、部品ではなく共振器」という話。