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巻線の中の波 ── 高圧巻線は、部品ではなく共振器

2026.07.23

第5回で紹介した三人目の住人・電界が、いよいよ主役になる。インダクタンスと容量が細かく分布した巻線は、それ自体がひとつの伝送線路で、電圧はもはや「一つの値」ではなく場所の関数になる。定在波、節と腹、そして境界条件が生む奇数倍の共振列。楽器の管と同じ物理が、高圧トランスの二次巻線の中で鳴っている——1/4波長の直感の使い方と、使ってはいけない場面、モード分裂まで。この章の後半の山。

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前回、トランスの中には三人の住人がいると言った。共通磁束、漏れ磁束、そして電界。前の二人は行列とkで扱えたけれど、三人目だけ「本格的には次回」と預けておいた。今回がその回だ。

そして三人目が主役になった瞬間、道具立てが根本から変わる。巻線は部品ではなくなり、空間になる。

電圧が「一つの値」でなくなる

集中定数の回路では、一本の導線の電圧は一つの値だ。回路図のノードに電位をひとつ書けば済む。この前提が成り立つのは、信号の波長が回路よりずっと長くて、「導線のどこでも同時に同じ電位」とみなせる間だけ。

高圧トランスの二次巻線を考える。何百回も巻かれた細い線。各ターンは直列のインダクタンスを少しずつ持ち、隣のターン・層・コアとの間に容量を少しずつ張っている(前回の容量行列の住人たちだ)。つまり巻線は、微小なLと微小なCが交互に並んだ長い梯子——伝送線路そのものの構造をしている。

周波数が上がって、巻線に沿った電気的な距離が波長と比べられるようになると、電圧は場所の関数 v(x,t)v(x,t) になる。巻線の根元と先端で、同じ瞬間に違う電圧が立つ。回路図のノードにひとつの数字を書く、という便利な約束が、ここで壊れる。

コイル 1個 電圧はひとつの値 集中定数の見方 微小なLとCの梯子 ── 電圧は v(x,t) 分布定数の見方(巻線の正体)
同じ巻線の二つの見方。周波数が上がると、右の見方でしか説明できない現象が始まる。

境界条件が、倍音列を決める

線路の上では波が走り、端で反射して、行きと帰りが重なって定在波が立つ。どんな周波数で立つかを決めるのは、線路の長さと——ここが今日の芯——両端の境界条件だ。

コレクタ共振回路の高圧二次を理想化してみる。根元はGND側に繋がっていて電圧が動けない(短絡端=電圧の節)。先端は高圧出力で、電流の行き場がない(開放端=電流の節、電圧の腹)。この「短絡-開放」の組み合わせで立てる定在波は、

V(x)=Vmsinβx,I(x)=VmZ0cosβxV(x) = V_m \sin\beta x, \qquad I(x) = \frac{V_m}{Z_0}\cos\beta x

の形に限られて、開放端の条件 cosβ=0\cos\beta\ell = 0 から

fk=(2k1)vp4(k=1,2,3,)f_k = (2k-1)\,\frac{v_p}{4\ell} \qquad (k = 1, 2, 3, \ldots)

——基本波の1、3、5、7倍という奇数倍の共振列が出てくる。

基本モード(1/4波長) 短絡端(V=0) 開放端(Vの腹=高圧) 3次モード(3/4波長) ── 巻線の途中に腹が入る 内部の腹 内部の節 端子からは先端の電圧しか見えない ── 内部の腹は、測らないと存在に気づけない
短絡-開放の定在波。3次モードでは巻線の途中に電圧の腹が立つ——端子電圧が普通でも、内部のその場所では絶縁が攻められている。

この奇数倍列、どこかで見た形だと思わない? 閉管の管楽器とまったく同じだ(声はどこで鳴っている?でやった、あの物理)。片端が閉じて片端が開いた管は奇数倍音しか鳴らない。両端が同じ種類(両開放・両短絡)なら整数倍列になる——倍音の並びは、部品や管の材質の性質ではなく、境界条件の産物。教科書のこの一言が、この回でいちばん持ち帰ってほしい骨だよ。

ちなみに両端が中途半端な負荷で終わる一般の場合も、条件は一行で書ける——Γ1Γ2e2γ=1\Gamma_1\Gamma_2 e^{-2\gamma\ell} = 1、「一往復の伝搬位相と両端の反射位相の和が、ちょうど整数周回になる波だけが生き残る」。短絡-開放はその特別な場合にすぎない。負荷が変われば反射位相が変わり、モードの周波数も動く。プローブを当てただけで共振がずれるのは、あなたの測定が下手なのではなくて、境界条件を変えてしまったからだ。

c/(4ℓ) を使ってはいけない

「1/4波長ね。じゃあ導線を伸ばした長さℓと光速cで f=c/4f = c/4\ell だ」——とやりたくなるけれど、これはほぼ確実に大外れする。

巻線は裸の導線ではない。密に巻かれて大きな LL' を持ち、隣接ターンやコアとの間に大きな CC' を持つ、遅波構造だ。波の速さは vp=1/LCv_p = 1/\sqrt{L'C'} で決まり、光速よりずっと遅い。だから共振周波数は c/4c/4\ell よりずっと低いところに来る。1/4波長の絵は「節と腹がどこに立つか」の直観のために使い、数値は測るか、区間モデルで解く——直観と定量の役割分担だ。

梯子で数える ── 高次がずれる理由

連続の線路を、N個のLC区間の梯子に離散化して固有値を解くと、綺麗な閉形式が出る。

ωk=2lcsin ⁣[(2k1)π4N+2]\omega_k = \frac{2}{\sqrt{lc}}\,\sin\!\left[\frac{(2k-1)\pi}{4N+2}\right]

N=24N=24 で低次から周波数比を並べると——1.000、2.996、4.979、6.943、8.877、10.775。低次は綺麗に奇数倍(1, 3, 5, …)に乗り、高次ほど下へ垂れていく

13 57 911 ← 高次ほど左(低い方)へ垂れる 薄い破線=理想の奇数倍列/赤=24区間ラダーの実際(比 1, 2.996, 4.979, 6.943, 8.877, 10.775)
低次は奇数倍に乗り、高次は離散の分散でずれる。実巻線でも「綺麗な奇数倍」は低次だけ。

この「高次が垂れる」は、シミュレーションが壊れる話でやった離散格子の分散と同じ現象だ。細かい構造(ターンの粒)が見える周波数では、波はもう連続線路の顔をしてくれない。実巻線の共振列が教科書どおりの奇数倍にならなくても、それは巻線が不良品なのではなく、離散と非一様の正直な返事だ。

モードは空間パターン ── 呼ばれない波もいる

高次共振を「高い周波数のピーク」とだけ思っていると、大事なことを見落とす。各モードの実体は巻線内部の空間パターン——どこに電圧の腹が立ち、どの区間の電流が同相で流れるか、という形そのものだ。

そして、あるモードが励振されるかどうかは、周波数が合うかだけでは決まらない。駆動がそのモードの形と空間的に重なっているかが要る。モードの節の位置から駆動しても、そのモードは呼べない。ギターの12フレット(弦の中点)を軽く触れてハーモニクスを出す遊びの逆で、節を押さえれば、その倍音は殺せる。

これは実は、自励発振の設計に直結する。帰還巻線をどこに巻くかは、どのモードの声を大きく聞くかを選ぶ行為だ。意図した主モードを強く読み、余計な高次モードを読まない位置に帰還を置ければ、発振は望んだモードに乗りやすくなる。第2回で「帰還巻線がタンクの位相を読む」と言ったのは、空間まで含めるとこういう解像度の話になる。

ふたつの共振器が出会うと ── モード分裂

章の最初から、タンクはひとつだった。でも実機では、一次側のLCタンクと、二次巻線(それ自体が共振器)が、結合係数kで繋がっている。同じ周波数 ω0\omega_0 に同調したふたつの共振器を結合すると、共振はふたつに割れる

ω=ω01+k,ω+=ω01k\omega_- = \frac{\omega_0}{\sqrt{1+k}}, \qquad \omega_+ = \frac{\omega_0}{\sqrt{1-k}}
ω₀(同調点) ω₋ = ω₀/√(1+k) ── 同相モード ω₊ = ω₀/√(1−k) ── 逆相モード → 結合 k を強くしていく
同調したふたつの共振器は、結合すると1本のピークでいられなくなる。kが強いほど大きく割れる。

kが弱ければ分裂は小さく、k=0.6にもなると 0.79倍と1.58倍——1本だったはずのピークが、まるで別人のように離れる。ワイヤレス給電で送受コイルを近づけすぎると効率カーブが2山に割れるのも、二重同調フィルタの平坦な通過帯もこれだ。そして自励発振器がこの2本のどちらに乗るかは、「電力が大きい方」ではなく帰還が強く読む方——さっきの空間結合の話が、ここでも効いてくる。

(この ω±\omega_\pm の式は2つの直列LCループという教育モデルのもので、実機のコレクタ共振回路は磁化枝も容量も負荷も絡むから、設計値は回路行列か区間モデルで解く——という教科書の但し書きも添えておく。)

で、1/4波長で設計すべきなのか

しない方がいい——普通の電力変換トランスでは。内部電圧の最大値が端子から見えず、負荷や筐体でモードが動き、絶縁と部分放電の評価が難しく、自励帰還が別モードにロックする危険まである。普通のトランスは、最初の内部モードが動作周波数より十分上に来るように設計して、内部の波をなるべく起こさないのが正道だ。

でも、巻線そのものを共振器として使う装置たち——テスラコイル、ヘリカル共振器、分布型の高周波変成器——では、1/4波長設計こそが本体になる。終端容量、電圧腹の位置、給電点、結合、損失分布まで、分布共振器として意図的に設計する。同じ物理が、避けるべき寄生にも、装置の心臓にもなる。境界条件を敵に回すか、味方に付けるかの違いだけだ。

遊び場 ── 節と腹を、指でつまむ

下の遊び場はLCラダーのモード・エクスプローラだ。

次回は三倍共振——「基本波に3次を混ぜて波形の頭を平らにする」という、高調波を敵ではなく道具として使う話。1/9という半端な係数の出どころと、その代償まで。