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1/9のさじ加減 ── 三倍共振と、頭を平らにした波

2026.07.23

基本波に3次高調波をほんの少し——ちょうど1/9——混ぜると、正弦波の頭が平らになる。ピークを下げたまま実効値と電荷を稼ぐ、CCFLインバータで「三倍共振」と呼ばれた波形整形の物理。1/9という半端な数の出どころを微分2回で導出し、クレストファクタ8/√41まで厳密に計算する。そして代償——ゼロクロスは33%急になり、混ぜすぎれば頭が凹み、位相が狂えば波が傾く。高調波を敵ではなく道具として使うときの、さじ加減の話。

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この章はずっと、高調波を「抑える側」の話をしてきた。タンクのQが3次を1/40に濾し取る(第1回)、チョークがスイッチングの山を隔離する(第4回)。高調波は騒音で、正弦波が正義だった。

今回は逆をやる。3次高調波を、わざと、決まった量だけ混ぜる。

頭を平らにしたい、という動機

放電ランプのような負荷では、電流のピークが電極を痛める。一方で、明るさや電荷の移動量を決めるのは実効値や平均値だ。つまり欲しいのは「ピークは低く、実効値は高い」波——理想は矩形波に近い、頭の平らな波ということになる。

でも本物の矩形波は使えない。エッジの di/dtdi/dt が立ちすぎるし、無限個の奇数次高調波が要る。そこで折衷案が出てくる。基本波に3次だけを混ぜて、台形っぽい波を作る。CCFLインバータの世界で「三倍共振」と呼ばれた設計の芯がこれだ(元の特許は「低次の高調波を重畳して台形波状に」という一般論で、3次に限定したのは後の慣用らしい——名前より中身を見よう)。

1/9はどこから来るか ── 微分を2回

負荷電流を二項で書く。

i(θ)=I1sinθ+I3sin(3θ+ϕ3)i(\theta) = I_1\sin\theta + I_3\sin(3\theta + \phi_3)

「頭が平ら」を数学の言葉に翻訳すると、半周期の中央 θ=π/2\theta = \pi/2傾きがゼロ、かつ曲がりもゼロ、ということだ。

一階微分を中央で評価すると 3I3sinϕ33I_3\sin\phi_3 だけが残る。だからまず

sinϕ3=0\sin\phi_3 = 0

——3次は基本波とぴったり同相(または逆相)でなければならない。位相がずれた3次は、頂を平らにする代わりに斜めに傾ける。

二階微分を中央でゼロにすると I1+9I3cosϕ3=0-I_1 + 9I_3\cos\phi_3 = 0。同相を選べば

 I3I1=19 \boxed{\ \frac{I_3}{I_1} = \frac{1}{9}\ }

9という数字の正体は、3次高調波を2回微分したときに出てくる 323^2 だ。sin3θ\sin 3\theta は3倍速く振れるから、曲がりの強さは9倍効く。だから曲がりを打ち消すのに必要な量は1/9で済む——少量で効くのは、高次ほど「曲げる力」が強いから。きれいな理屈だと思う。

a = 1/9 ── 頭が平らで、ピークは8/9に下がる 破線=純粋な正弦波(同じ基本波振幅)
基本波1に3次を1/9だけ同相で混ぜた波。頂上が平らになり、ピークは正弦波より低いのに、後で見るとおり実効値はむしろ増える。

平らな波の成績表 ── 全部厳密に出る

a=1/9a = 1/9、同相の波は三倍角の公式 sin3θ=3sinθ4sin3θ\sin 3\theta = 3\sin\theta - 4\sin^3\theta を入れると

i(θ)=4I19sinθ(3sin2θ)i(\theta) = \frac{4I_1}{9}\sin\theta\,(3 - \sin^2\theta)

と因数分解できて、半周期でずっと正、というのも一目でわかる。成績表を並べると:

つまり、同じピーク制約なら実効値と電荷移動を1割強稼げるし、同じ実効値ならピークを下げられる。電極を労りながら明るさを保つ、という放電ランプの要求にぴったり合う形だ。しかも矩形波と違って成分は2本だけ——帯域は有限で、波形は滑らかなまま。

ただし、線形回路は3次を作らない

ここで第1回からの読者なら引っかかってほしい。「二次側の共振を 3f03f_0 に合わせれば3次が出る」——本当に?

重ね合わせの原理でやったとおり、線形回路は周波数を変えない。純粋な正弦波を入れたら、どんなに凝ったLCネットワークを通しても、出てくるのは同じ周波数の正弦波だけだ。3f03f_0 の共振器は3次を「増幅する耳」にはなるが、3次そのものは誰かが供給しなければならない

供給源はいつもの顔ぶれだよ。スイッチング電流の矩形性(第1回のフーリエの顔——半波正弦や矩形波は最初から3次を含んでいる)、トランジスタやコアや放電負荷の非線形。三倍共振の設計とは、もともとそこにある3次を、共振で選択的にすくい上げて、ちょうど1/9・同相で負荷に届ける仕事ということになる。振幅比だけでなく、伝達経路の位相まで管理して初めて成立する。

代償 ── うまい話には裏がある

ゼロクロスは正弦波より急になる。 意外に思われる代償の筆頭。θ=0\theta = 0 での傾きは I1+3I3=43I1I_1 + 3I_3 = \frac{4}{3}I_1——同じ基本波なら33%急だ。頂上で3次は山を削る向きだったけれど、ゼロクロスでは3次の傾き(3×3\times)が基本波と同じ向きに足される。「台形波だからエッジが穏やか」は嘘で、穏やかなのは頭だけ。EMIや変位電流はゼロクロスで暴れる。

混ぜすぎると頭が凹む。 a>1/9a > 1/9 では中央の曲率が正に転じて、頂の真ん中が谷になり、左右に肩ピークが2つ立つ。ピークが2箇所に分かれると素子ストレスの評価も面倒になる。1/9は「これ以上入れたら壊れる」境界そのものだ。

a = 0.25 ── 中央が凹み、肩ピークが2つ 1/9を超えた3次は、頭を平らにする係を辞めて谷を掘り始める
混ぜすぎた波。1/9はぎりぎりの均衡点で、超えた瞬間に頂が割れる。

位相に敏感。 平ら条件の半分は sinϕ3=0\sin\phi_3 = 0 だった。負荷や温度や点灯前後で伝達関数の位相が動けば、振幅比が完璧でも波は傾く。そして実機ではその位相は、負荷・寄生容量・温度と一緒に必ず動く。

3倍の周波数は3倍高くつく。 表皮効果・近接効果で巻線のAC抵抗は周波数とともに増えるから、3次電流の銅損は「基本波の損失×(1/9)²」では済まない。コア損もコンデンサのRMS電流もEMIも同じ向きに効く。

そして、前回の伏線がここで回収される。 意図した 3f03f_0 の集中定数共振のすぐ隣に、二次巻線の内部固有モードが潜んでいたら? 端子波形は教科書どおりなのに、巻線のどこかの層では内部の腹が高電圧で立っている——という前回の悪夢がそのまま起きる。三倍共振を使うなら、二次巻線の広帯域インピーダンスを実装状態で測っておくのが筋だ。

仕様は「周波数比」ではなく「波形」で書く

だから三倍共振の設計仕様を「fr,sec=3f0f_{r,\mathrm{sec}} = 3f_0」の一行で終わらせてはいけない。管理すべきは波形量のほうだ:I3/I1I_3/I_1、相対位相 ϕ3\phi_3、クレストファクタ、平均絶対電流、ゼロクロス傾斜、そして内部固有モードとの距離。周波数比3はそれらを実現する手段であって、仕様ではない。

遊び場 ── さじ加減を指で

下の遊び場では、aaϕ3\phi_3 の2つのつまみで二項波形をこね回せる。

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次回は「定電流の作り方」。「二次側を直列共振にすれば定電流になる」という、回路屋の間で長生きしている神話を、感度の式一本で解剖する。